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文明開化のあかり

それまで種油を火種皿に満たして灯芯を燃やしたり、和ろうそくを芯切りに煩わされていた日本人にとって画期的なあかりとなった「ランプ」。日本開国と共に多くが渡来し、明治時代の初期には非常な勢いで普及しました。また、その技術力と美しさに魅入られた日本人技術者たちがこぞって模倣・開発に取り組み、日本人独特の美意識を活かした国産ランプを開発するまでの様子と美しい国産ランプを紹介しています。

この時代の代表的なあかり 江戸末期〜現代

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西洋ランプ

1859年、アメリカ・ペンシルバニアにおける石油の発見に伴い、ランプの燃料も一気に石油に取って代わり、石油ランプ時代の最盛時代がもたらされます。アメリカからヨーロッパへ渡った石油ランプは、ガラスまたは金属製の油つぼに石油を入れ、これに口金を付け、口金を通して木綿糸で編んだ芯を石油に浸し、毛細管作用によって石油を吸い上げ、これに点火する装置です。完全燃焼を避けるために「ほや」を立てて炎を覆うなど、適度な通風が行われるようになっています。この技術と、当時ヨーロッパで著しく発達したガラス細工が合わさって、豪華なランプが製作されました。

座敷ランプイメージ ZOOM

座敷ランプ

ヨーロッパから渡来したランプが日本の暮らしに普及するにつれて、日本人の畳の生活に適応したスタイルのものが求められるようになります。「座敷ランプ」はこうした要求に応えて生まれたもので、日本独特のランプです。畳の上に置くので、焔(光)の位置は約60〜70cm、台座には孟宗竹を輪切りにして台とし、これに様々な絵模様や彫刻を施し、上部に油つぼをはめ込んだ「竹洋灯(たけらんぷ)」が広く用いられました。その他、ガラスや伊万里焼の台座のもの、ランプ紙を張った籠をかぶせた「籠ランプ」などもあります。

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日本のランプ

当初はランプそのものも部品もすべて輸入に頼っていましたが、明治2(1869)年には東京でランプ用の「ほや」の製造がはじまり、明治10年ごろには「油つぼ」が、その後「ランプ用笠」が、そして明治14年には口金(バーナー)も製作され、国産化が進んでいきました。また、日本人独特の器用さと技術力によって、明治時代半ばごろには舶来品とみまがうばかりに装飾価値の高いランプが次々と生み出されました。さらに日本人の生活スタイルや使用形態に合わせて、「吊ランプ」「座敷ランプ」「豆ランプ」「手提げランプ」など、形状にも新しいものが登場しています。

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豆ランプ      
     
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